2018年3月3日土曜日

2018.3.2 生きのびよう

娘が生まれた時、彼女に向かってそう呼びかけた。

その夜、私は帝王切開の痛みで気がおかしくなりそうで
彼女は隣のベビーベッドの上で激しく泣いていて
その泣き声が、ぷかぷか浮いていたお腹の中から突如出されて
この世に生まれてきてしまったことへの戸惑いと混乱の声に聞こえた。

お腹を切られた痛みと
子宮が収縮しようとする痛みとで朦朧としながら
私は何度も何度も彼女に「生き延びよう」と声をかけた。

あなたも、私も、この世界を生き延びるんだ。
美しくて、儚くて、哀しみに満ちているけれど
生きることをたった一つの使命として、
あなたと私はここにいるから。

生きよう、今夜一晩を生きのびよう、そして明日を生きのびよう。

*****

昼下がり。

お昼寝できるようにと添い乳をしていたはずが、いつのまにか一緒にぐっすりと寝てしまった。

本当は今日はあなたをつれて海辺の町の物書きたちの集まりに行くはずだったけれど
外は花粉がすごく舞っているらしいから、遠出は諦めよう。

それならば、お昼すぎから近所でやってるヨガ教室に一緒に行こうか。
いま起きてくれたら間に合うんだけどな。

かすかないびきと寝息の間、小さく、規則ただしく刻まれる音。
ちいさな両腕を広げて、あまりに穏やかな寝顔。

このままそっとしておこう、と、今日の予定を消す。

少し汗ばんだわたしたちは、こうして、少し早い春の木漏れ日の中に穏やかに漂っている。
こうしているうちに今日が終わって、明日がやってきて、それでもう一日生き延びることができたら、それはそれで、とても幸せじゃないか。


いま、私の体を過ぎる言葉たちを全て書き留められなかったとしても、あなたを包むあまりにも豊かなイメージのなかに、身を委ねている。

生きのびようと初めて声をかけたあの夜から、ずいぶんと大きくなって、それでもまだとても小さな体から、小さな吐息から、発せられる大きな世界の中に漂っている。

この時間が私の言葉に宿る日はやってくるだろうし、たとえそうでなくても、あなたから広がるこの世界に、どっぷりと浸ってみたいのだ。