2016年3月7日月曜日

ロタの劇場


12年前に来たとき、そこは閉じられてまだ間もなかったのだと思う。
劇場には横断幕がかかっていた。

「劇場のない街には、文化がない」

もう一度劇場が開くことを望む若者たちが目の前の広場で大道芸をしていた。仲良くなると彼らは夜にまたおいでと言った。夜の帳が降りると、彼らは劇場の中に入れてくれた。(実際は一緒に壁を登って窓に足をかけて、こっそり中に忍び込んだ)

真っ暗な客席、真っ暗な舞台で、私たちは踊った。お互いにさえ見えない自由な踊り。

地球の反対側にいながら、その劇場のことはずっとどこかで気になっていた。




灰色の空の下で絨毯をくしゅっと縮めたひだみたいな丘が広がっている。

劇場に行きたいと言うと、
「シアトロ行きのバスに乗ればいよ」
と通りがかったおじさんが教えてくれた。






劇場の手前はバス停になっていた。
子供達も、犬も、大人たちも普通にその周りを歩いていく。売りますと書かれた車が劇場の車寄せに停められたままになっている。背の低いおばあさんが、私におはようと言った。

朝も夜も、人はそこからバスに乗って、隣の大きな街に出かけていく。
この町には何もないもの、と、時に笑顔で、時に真顔で言う。

中には入れてあげられないよ、と様子を見に来た人が言った。劇場の中には、本当に何ひとつ残っていないんだから、と。

もともとトリコロールの劇場の外壁塗装には無数の落書きがあった。細い文字でかかれた名前やメッセージが刺繍のように壁を取り囲み、ところどころに完成度の高いアートと、どきりとするメッセージがある。

じっと目を凝らしていると、何層にも絡まった落書きのディテールが解けて浮かび上がってくる。添えられた日付や、年も。

何年もかけて書き込まれた落書き。
次第に厚く囲まれていく中で、劇場は中から朽ちていく。

それをぐるりと囲んだ人の言葉は、
この劇場がなくなっても、空気の中で渦巻くのだろうか。



2016年3月3日木曜日

日々ドラクエ

前々から書こうしていたある話の素材を集めるべく、チリ南部から中部に向けて北上を続けているのだけど、これが日々ドラクエ。

例えば今日探していたのは、かつて留学していたときに2夜だけ泊めてもらった原住民の村。中部のどこかとしか記憶にない...

南部にプエルトバヤスの町に訪ねた昔の先生が「確か君たちはまず近くの小さな町かカニェーテの博物館にいった筈だ」と言うので、そこまでバスに乗り(近くの街からも1日に3本しか出てなかった...)民宿に泊まり、翌朝博物館へ。

素敵な民宿の女将さんは「ようこそ、カニェーテの町へ!」と笑顔で迎えてくれるも、原住民の人の村を探していて...という話は漠としすぎて通じない(ドラクエ風にいくと「ようこそ!ここはいい町だよ!」が繰り返される感じです

博物館がこれまた町の外れにあって、村人に会うたびに道を聞く。
「博物館はこの南だよ」
「博物館はこの道じゃないよ」
「博物館はこの西だよ」
「......」
「バスに乗ったほうが早いよ」

博物館へ。
客さんを案内していたお姉さんに話しかける。
「12年前に留学ねぇ。村ならこの周りに沢山あるよ。名前わかる?」
「コマンド→いいえ」
「..当時のメモとかないの? 」
「コマンド→いいえ(ノート無くしちゃって)」
「.......」(お姉さん)
「.......」(私)
この先のイリクラ谷に海外から若者の面倒をたまに見ている人がいるから、彼に会いに行ってみたら?」
「コマンド→はい」
「博物館の前からバスに乗ったら、彼の家の前で停まるわよ」

バスは観光用でもおかしくないような大型のクーラーがきちんと効いたやつで乗客は私たちのみ。地元の人たちが乗ってくる気配もない。
マニュアルさんの家の前で降ろしてくださいと、博物館の人から言われた方法を試みるものも、うーん、そんな人は知らないないねえ、となってしまう。
「ここで降りたいのかい?」
「コマンド→いいえ(わかりません)」
「ここで降りたいのかい?」
「コマンド→いいえ(ここどこ?)」
「ここが谷の出口だよ。ここで降りるかい?(はい、当てずっぽう)」

結局、村など見えない谷の入り口で降ろされる。

そこから近くの村まで歩いていると、通りかかったお姉さんの車が停まってくれる。
「マニュエルさん?知らないけど、次の村の人なら知ってるかも? そこまで乗せてあげるよ、どう?」
「コマンド→はい」

長くなるので割愛しますが、そこから村人A〜Oくらいの聞き込みの末に、マニュアルさんが、谷の反対側に住むことが判明。村の人に送ってもらってようやくマニュエルさんを発見しました。

と言っても私はこの人とは面識がない。「やあ、何か用かい?」
12年前に来たかもしれなくて..ともごもご話始めると、
マニュエルさんは急に笑顔になってハグしてきた。
「あー、君ね、覚えているよ!」

彼の話してくれた私の思い出は、聞けば聞くほど私のそれとはちぐはぐで
彼が覚えてたのは私の次の年か半年後に来た韓国人の女の子のことだとわかるのだけど、
彼の家にあった来客帳には確かに私の名前があった。

一緒に留学した仲間たちの名前も、私がその時好きだった子の名前もあった。
私は確かにこの村に来たことがあるらしい。

どん、とぶつかり、相手の話や記録から自分が何者なのかを探っていく
そんなところまでRPG的。